どんな困難な改革も始めは少数から

こんばんは。
シャンプーソムリエ こと関川忍です。

今日は、朝から都内を行ったり来たりでこんな時間にブログ更新となりました。
今日は、先日ファイナルを迎えたSSA東京ベーシックで思う事です。

SSAとは、日本美容(商品の作り手、商品を使う人)を総合的にレベルアップする為に発足された教育の場とボクは捉えています。

つまり、カンタンに言えば「業界改革」の場。
そういうと、大げさな・・・とか、自分も自分なりにそれを目指している!

そう思う方がいらっしゃると思います。
そんな改革でボクが尊敬してやまない偉人

「上杉鷹山公」の改革の姿勢を思い起こしてしまいます。

シャンプーソムリエ関川忍のBlog
改革の姿勢を学ぶにはオススメの本ですので是非お読みください!

鷹山公は確か宮崎県の日向高鍋藩主、秋月種美の次男として、江戸判定にて生まれておりますので、実家が九州ということになります。

何故か、SSA主幹の有本さんと故郷が同じというのも偶然でしょうか?

そして、10歳のとき山形県の米沢藩主の養子となり、17歳で第10代藩主となりました。

この時米沢藩はばく大な借金をかかえ、民衆も苦しんでいました。
古い因習やプライドを重視し、楽な事ばかりを選んだ藩の体質に原因がありました。

・・・今の美容道を忘れかけそうな美容業界とでも言えるかも知れません。

鷹山公はこれらを乗り越えるために、自分から模範を示して節約に努めたり、新たな産業をおこし、財政の立て直しに全力で取り組んで行きますが、古い重鎮達の反感は言うまでもなくかって行きました。

しかし、コレでは藩がつぶれると危機感を持っていた人たちがこの鷹山公の情熱と、その学問の高さ、行動力に徐々に共感し始めます。

この前提には、鷹山公が初めて米沢の地を訪れる際に、改革が成し遂げられるかと思う気持ちを、寒い冬には篭の中に置かれている灰皿の中の炭に例えられています。

灰皿をかき回してみると、中には未だ消えない小さな炭火がありました。
その炭火に新しい炭を足しフウフウと息を吹きかけると火は新しい炭にも移りました。

これを見た鷹山公は道中を共にしていた部下にこう言いました。

「私がこの小さな種火になる。お前達はこの火をうけて欲しい。そして、明日米沢城に入ったら、各職場で火種運動を起こし欲しい。そうなれば、冷えきった米沢の民の心にもいつしか火が灯り改革に協力してくれるようになるであろう。」

そう、改革は始めは本当に小さな人の輪の中に芽生え、そしてその改革に希望を見いだせた人が1人、そして又1人と心に火をともし始め、いつしか大きな動きになるんですね。

SSAとは米沢藩で言う鷹山公が、有本さんであり、初めて火種の話を聞いた家臣がSSA1期生
その火種をうけたのが2期生以下のSSAメンバーなのではないでしょうか?

最後にSSAを知らない方、SSAの活動をまだご理解頂けていない方、少し対抗心なんて持たれている方
この活動は1メーカーや1ディーラー、1美容団体、1美容室、1美容師という小さなくくりではなく、もっと業界人同士が手を取り合い皆で良くなって行こう、そして目の前のお客さんを満足ではなく、感動させようという思いをもって各自が美容道を精進するためのきっかけです。

ですので、このブログを読まれたなたも、一緒に最高に楽し美容業界にしていきましょう!
中には違う道を選ばれるかたもいらっしゃるかともいますが、志は一つですよね!

参考までにこの記事を読まれて共感された方は同志です!
>>>http://ameblo.jp/soenscienceacademy/

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