僕の心に刺さる歌

■僕の心に刺さる歌

おはようございます。
シャンプーソムリエ こと関川忍です。

僕は、この歌をブレイクしてしばらくしてまじめに聞きました。
多分24時間TVでだと思います。

何故だか、泣けてきた事を覚えています。

トイレの神様

僕が小さい頃は、父と母が起業したばかりで、おじいちゃん、おばあちゃんに昼間は面倒を見てもらっていました。

良く言う年寄りっこ。
だから、この歌の歌詞が心に刺さるんです(涙)

元々、僕の実家は裕福な古い家でした。
そのため、人口の少ない村の財政保証人にもなり、村の食を維持していました。

しかし、戦争によって財産の没収があり、一気に貧乏になりました。
そこで、満州へおじいちゃんとおばあちゃんは新婚早々出稼ぎにいき仕送りを日本にしていました。

おじいちゃんは、体が弱く戦後はあまり働けませんでした。
そんな旧家の家系を支えたのがおばあちゃん。

おばあちゃんは、田んぼ、畑、家畜で収益を上げていましたが、食べて行くのにやっとでした。
だから、無駄使いは一切せずに父や父の姉を育てました。

そんな、厳しいなか、親戚にもお金を借りる事は一切しませんでした。

父が社会人になると、給料全てを家に入れていました。
サラリーマンをしながら、休日は農業という兼業農家をしている頃、僕が生まれました。

だから、僕の小さい頃は家の庭には鶏小屋、豚小屋、タバコの葉を乾燥させる乾燥小屋があり、
田んぼや畑に良く行きました。

そこでも、おばあちゃんが先頭に立ち、働いていました。
僕が幼稚園の時に父と母は起業しました。

そんな時、僕の遊び相手はおじいちゃんとおばあちゃん。
元々は名のある旧家を、おばあちゃんを中心に守って来ました。

だから、どんな事でもへこたれない気丈なおばあちゃんのイメージがつきました。

それから、父の事業が軌道にのり、徐々に農業は縮小し、おばあちゃんの老後のライフワークになって行きました。

僕に子供が出来、子供達はおばあちゃんと畑に行くのが好きになりました。

90歳になっても、100歳ちかくになってもおばあちゃんは毎日畑にいって、野菜を育ててくれていました。

だから、春、夏、秋の休日は畑へおばあちゃんのつくった野菜をとりに行くのが、子供達は楽しみにするようになりました。

でも、今年の春は・・・。

だから、今はこの歌を聞くとより一層心に刺さります。

トイレの神様

3月3日女の子の日
おばあちゃんに相応しい記念日になりました。

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