前向きに、夢を忘れないで

■心のゆとり

おはようございます。関川忍ことセッキーです。

先日の夜に仙台市に入りました。



電気、ガス、水道の復旧に時間がかかったので、その間は大変なな想いを市内の方々はされていたようですが、今日現在の市内は思ったほど被害はなさそうな感じでした。

そして、コンビニに入るとこんなものが販売していました。

御当地ネタですが、とっても惹かれて購入しました。

仙台闊歩5月号



記事コンテンツが今回は

復興への50人の言葉

・宮城の地で立ち上がる蔵人、シェフ、パティシエなど

 「前向く人々の肖像」

・作家、ミュージシャン、写真家etc.からのメッセージ

 「宮城の人たちへ 伝えたいこと」

・動き出したプロジェクト

 「私たちがいまできること」

でしたので、どうしても読んでみたくなりました。

記事はこのような写真付きで掲載されています



内容は、震災によつて生まれた新しい価値や、お店や会社維持のための経営者の決意など、様々な想いがつづられています。

この記事を読むとボク達が思っているほど落ち込んではいないばかりか、被災地の経営者の方たちの「強さ」を感じます。

さらに、この人も取り上げられ東北人の気骨さを印象付けていました。

陸奥仙台藩の初代藩主 伊達 政宗



当時は関白豊臣秀吉や徳川家康といった天下人と渡り合ったコトによって生じた逆境を、その都度正宗は乗り越えてきています。

当時は今と違い失敗は「死」を意味しますので、決死の覚悟で様々な困難にぶつかっていきます。

主題藩主である正宗に課せられたのは

①新田開発

②河川の改修

③江戸廻米

江戸廻米は、江戸時代から「本石米(ほんごくまい)」といわれて、江戸の人々の食生活を支えてきました。

政宗は藩で米を買い上げて、石巻港を中心に荒浜、塩釜などの積み出し港から、船で江戸の深川まで米を運んでいました。

深川のほとりには、各藩の米蔵が立ち並び、仙台藩の米蔵はその中で最大規模を誇るもので、江戸の米相場を左右するほど影響力がありました。

この3つの国造りの夢は、正宗一代ではなしえなかったものの、その想いは第代藩主に受け継がれ徐々に実現していきます。

その正宗の夢のは、彼の独創的なアイディアから生まれたものですが、この紙面では困難な時こそ、趣味が育む「心のゆとり」が、逆境をすくい良いアイディアを生むのではと締めくくっています。

「遊ばざるもの、働くべからず」

(藤村先生の言葉)  ←ブログもためになりますヨ!

まさに、遊びと教養が備わった歴史上の人物ではないでしょうか?

被災地の復旧へ

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