4月1日は忘れられない日

■特別な日

 

こんばんは。関川忍ことセッキーです。

本日3回目の記事です。

 

2004年4月1日病院から「今すぐ来て欲しい」との連絡がありました。

ボクは急いで病院に向かった。

 

病院につくとすぐに診療室へ呼ばれお医者さんから

「今日やります。母子どちらかの命が危ういかも知れません。」

「その時は、覚悟してください。」

「ただ今、奥さまは血小板を輸血しています。」

 

家人は妊娠中毒症によって危険な状態になり、筑波大学病院に緊急入院していました。

そして、いよいよ帝王切開による出産の時が来ました。

 

看護師さんが

「万が一の時は控室へ呼びに行きますので。」

と、ボクに言い残し手術室へ消えていきました。

 

ボクは母と控室で、母子の無事をただただ待っていました。

 

時折、看護師さんの走る足音が聞える度に、ドキドキしたのを覚えています。

 

そして・・・

 

桜の花が病院の周りをほんのりとピンク色に染め始めたその日

長女が生まれました。

 

奇跡的に母子ともに無事。

胸をなでおろしました。

 

ただ、早期出産のため未熟児で、その後1ヶ月は保育器で育ちました。

でも、とっても美しかった。

 

サルのように見える我が子はとっても綺麗でした。

そして、今日8歳を迎えることが出来ました。

 

出生届けは4月1日生まれの子は2日等に変えることが出来ると言われましたが、

これは我が子の運命の始まりとしてそのままにしました。

 

幼稚園、小学校と同じ学年でありながら1年近い差があって大変なコトもありますが

彼女は一生懸命に皆についていってっくれています。

 

死を乗り越え、ここまで育ってくれた長女は生きようとする命の強さをボクに教えてくれました。

 

絢香ありがとう。

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