人前で話すことが仕事(エピソードⅠ)

おはようございますセッキーです!

 

ボクは美容師さん相手に様々なセミナーをします。

たぶんこれまでのセミナー回数は2000回を超えていると思います。

 

24歳で美容メーカーのインストラクターになり

初めての集合セミナーの日は和歌山県で参加者50名強でした。

 

インストラクターなので、モデルさんのヘアスタイルを作りながら

商品の説明やプロセスの解説をしていきます。

 

それも、アウェイ状態でのデビューでしたので凄く覚えています。

 

参加者のほとんどは美容室経営者で中には

お弟子さんもお連れしてのセミナーです。

 

いちばんいやなのは「手元」をじ~っとみられることでした。

 

この子はどれ程の技術を持っているの・・・?

この商品はホントに良いの・・・?

 

そんな視線が痛いんです(汗)

 

このようなセミナーが多い時には1日に3回という時もありました。

3回目くらいになりますと

「あれっ? この説明したかなぁ~」

なんて、頭が変になります。

 

また、いやなパターンは

ボクと他社を同時にステージに挙げて見比べるプレゼンです。

 

技術、商品、結果それぞれを見比べるので

なんか、さらしものになった感じです。

 

また、こんなこともありました。

 

1週間客先の美容室に朝から晩まで入店し

当時勤めていたメーカーの商品を使う

お客様1人1人の担当技術者に指導をするという企画です。

 

気の休まる時間もなく

次々に担当技術者へアドバイスするめまぐるしさは

二度とやりたくないと思いましたね~。

 

まあ、その地域では有名店でしたので

しっかりと商品を使いこなしていただきたいと

上が決めたコトだと思います。

 

また、ボクの行動範囲は非常に広くって

例えば、藤村氏の故郷である釧路も良く行きました。

 

ある時、釧路空港から釧路駅に着くと

待ち合わせしていた現地担当の営業の方から連絡があり

今回はとんぼ返りしてくださいというのです。

サロンマーケティング研究所ブログ-釧路

釧路駅

 

えっ、せっかく来たのに・・・

 

そう思っているとなにやらあたりの状況がおかしい。

聞くと地震があったようだ。

 

そう、1993年1月15日午後8時06分07秒にあった

釧路沖地震の当日に釧路に行っていたのです。

飛行機に乗っていたので全然分からなかったんですね。

釧路は冬になると路面がアイスバーンになって

道路下からお湯かなんかが出て路面の凍結を防いでいたと思います。

でも、そのような設備が行き届いていない坂道は

絶対に止まれない・・・というか止まったら最後!

だったと思います。

もう18年前にもなりますが

約2年間はほぼ毎月行っていたところです。

釧路、中標津、網走、根室等3泊4日でずいぶん行きました。

釧路駅周辺の居酒屋でも現地の人と

毎朝4時くらいまでつきあわされたコトなども懐かしい想いでです。

たぶん「JAZZ THIS IS」 の前も何度も通ったのかも・・・

サロンマーケティング研究所ブログ-jisuizu

 

つづく

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